大納言横丁

俺のブログ

待つ家

 大学に進学し新生活を始めるにあたり、キャンパスに近い物件を探していたのだが、その時利用した不動産屋の男性と妙にウマが合った。入居先を決めた後でも折りを見ては顔を出し、ダラダラと世間話をしたり食事に行くようにまでなった。

この話は、そんな彼から聞いたものだ。 

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 うーん…事故物件とかっていうのも、そりゃあるにはあるけどさ、大抵は老人の孤独死とかそういうのだから…まあ言葉は悪いけど、特に面白い話はないよ。

ああでも一軒、ちょっと変だったかもなあ、って家はあるね。

 

 別にそこも過去に入居者が亡くなってるとかいうことはないし、近所トラブルや苦情があったわけでもないんだけど、なんでか人が居着かない家でさ。

 

 そもそもは10年ほど前に独身の男性が建てた家で、一人で住むにはちょっと広いんじゃないか?ってぐらいの立派なお宅。新築だからもちろんピカピカだし、日当たりもよくて駅からのアクセスも抜群で、まあ良い家さ。しかも庭付きだよ?

 それなのに、その男性は2年も住まないうちにその家売りに出して。そんな家建てれるほどだし、その時も金に困ってる様子はなかったから不思議には思ったけど、何せ良い家だったからこっちとしても断る理由はないよね。

 

 それですぐに入居者募集し始めたんだけど、これもやっぱり1年とか2年とか、短いときは半年も経たないうちに皆出ていっちゃうんだよ。

 

 一番最初は…確か30代後半ぐらいのご夫婦だったかな。マンションから一軒家に移りたいっておっしゃってて、内見していただいたらもう、即入居を決めてらっしゃったな。

 それからは何事もなく──少なくともうちに苦情みたいなのが入ることも無かったんだけど、1年経ったかどうかって頃に、いきなり「退去したい」って。ほんと急によ。

 

 それまでそんな素振り一切なかったから、何かお困りごとでもありましたか?って聞いたんだけど、二人とも申し訳無さそうな顔で「ただ居心地が悪くて」とだけおっしゃって。

 何か言いにくいことでもあったのかな、と思って色々聞いてみるんだけど、ほんとに何もなさそうで、本人様方もどちらかというと困惑してる風だったな。

「なぜ居心地の悪さを覚えるのかは自分でもよく分からない、でもこのまま住み続けるのは辛いと思う」って感じで。

 

 そんなことがあったから改めて日当たりや内装、風通しなんかをチェックして、念の為空気環境測定までしたんだけど、何の問題もない。至って普通、むしろ普通以上に良い家のままだったよ。

 だから特にこっちとしては何もすることはなくて、そのまま入居者を募集し続けたんだけど、その夫婦が退去されてからも、入れ代わり立ち代わりというか、皆さん同じようなことを言って出ていかれる。不思議だなあと思いつつも、まあ入居希望は途切れなかったし、これはこれで別にいいか!なんて考えてたな。

 

 でも結局、今の入居者…まあどういう人かは一応伏せとくけど、その人が2,3年前に入居されてからは、これまで通りなんのトラブルもなく、それまでみたいにすぐに出ていかれるってこともなくて、普通に住んでらっしゃるよ。なんだかんだ言っても入れ替わりが激しいとこっちとしても面倒ではあったし、助かったって気持ちもあったな。

 

 え?お祓い?いや、だから別にそういう家じゃないんだって。そりゃあ、今こうやって話を聞いてたら何か曰くがあるに違いないって思うかもしれないけど、家にも土地にも何の瑕疵もないんだから、当時の俺もそんなこと頭にもなかったよ。それに今の人は何事もなく住んでるんだし。

 

 ああ…ただまあ、なんとなく気になることをおっしゃってた方はいたな。

 その方も他の方たちと同じように、入居されてから大して日をおかず退去したいっておっしゃって。その人が一番短かったかな、3ヶ月ぐらいだよ。

 入居期間が特に短かったから、俺もそれまで以上に気になって、居心地が悪いっていうのは具体的にどういうことなのか聞き出そうとしたんだよ。

 

 その方は、

「自分の家じゃないという感覚が拭えない。他人の家、それも歓迎されてない家にいる感じ」

 みたいなことをおっしゃってて。

 

 その時は、はあなるほどな、あまりに綺麗で良い家だから、かえって落ち着けないみたいなことなのかな。なんて思ったんだけど、それなら内見の時とかに分かりそうなもんだよな。まあ、住んでみて分かることも沢山あるけど。

 

 そりゃあ今までの入居者が覚えてた違和感ってのも気にならないと言ったら嘘だけどさ。でも今の入居者は普通に住んでるわけだし、ようやく本来この家に住むべき人が現れたんだな、みたいに思ったぐらいだよ。それで終わり。ちょっと不思議な経緯はあるけど、至って普通の家だな。